アイアンマン世界選手権遠征記⑦ー山のような果物と次の挑戦
10/15
9:00
自然と目が覚める。今日やろうと決めていたことがある。
次回のアイアンマンは2018年の6月3日、場所はフィリピンだ。
就職活動の解禁は6月1日だし、修士論文だってある。しかしそういう制約を乗り越えて、また挑戦したいと思える舞台だった。
18:00
アワードパーティが始まる。
レース後のパーティーではコナブルワリーのビールが提供される。フルーティーでどれも美味しい。我々は車での移動である。しかし今日は安心して飲めるのだ。
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昨晩のこと、4人のメッセンジャーにて
エース「谷本先生、血尿出た・・・」
谷本先生「多分バイク乗ってる時、尿道の一部が損傷したんだろうね」
谷本先生「ただ、腎臓に問題がある可能性も否定できないから、帰国したら精密検査ね」
レース後に一度血液検査を受けておくと安心だ。皆生の後、自分も受けた。筋肉や内臓が酷使された形跡は見られたが、それ以外は特に問題がなかった。
谷本先生「あと、禁酒ね」
\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/
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ということで、美味しいビールを飲みながら、肉と野菜を頬張る。
舞台では入賞選手の表彰はもちろん、ハワイの伝統舞踊のようなもの繰り広げられ、レースの総集編がスクリーンに映し出される。
エース「おれだ!」
一同「えっ」
ガッツリ映ってる。最後まで持ってる。
https://www.youtube.com/watch?v=rdCW_777CE8&feature=share&app=desktop
10/16
ハワイ観光。島中をレンタカーで走りまくる。時折路肩に寄せてのんびりする。
まずは南端のサウスポイント。世界の果てのようなところだ。空も海もきれい。それにも増してすごいのが風だ。この写真を見てほしい。何がおきているかお分かりだろうか。
木が斜めに、というか地面と平行に伸びているのだ。恒常的な強風のあまり、まっすぐ伸びていくことができなかったのだろう。バイクコースの風もすごかったが、ここではバイクに乗ることすらできないだろう。
島の内陸部は標高が高い。雲が足元くらいの高さだ。
夜はマウナケアへ。移動中に日没時刻を迎えた。ちょうど雲の高さを越えたあたりだった。
一方その頃、「山なんて行かない!」と言い張って宿に残ったぽんさんは、冷蔵庫の中のありとあらゆる果物の皮をむきまくっていた。我々はその後食後のデザートには困らなくなる。むしろメインも程々にデザートにとりかからなくてはいけなくなった。
10/18
15:00
出国手続きを終え、一息ついたところで、選手3人から谷本先生への誕生日プレゼントを手渡す。
谷本先生の誕生日は10/19なのだが、搭乗中に日付変更線を越えることによって、この日を機内で迎えることになる。日本に到着する頃には19日の21時。36回目の誕生日はたった3時間なのだ。ここにも持ってる人いた。
随分とおつかれのようです。
時速300kmで飛び出した飛行機の窓から、コナの街が見える。今振り返ってみれば、結果としては中途半端で、自然と悔しい気持ちもわいてくる。同年代では11位。10位の選手との差は5秒だった。意味のある指標ではないかもしれないが、日本人で2位。1つの目標だったサブ10は達成したが、その差はたったの150秒だった。また来年もここに来られるだろうか、疲労困憊の身体とは裏腹に少し高揚した気持ちの中、飛行機はハワイを離れて太平洋のはるか向こうの日本を目指すのだった。
長くなってしまった遠征記もこれにておしまいです。
アイアンマン世界選手権遠征記⑥ーふたつの10時間
10/14
7:05
プロ男子、プロ女子に続いて本日3回目の号砲。1400人の選手が一斉に沖へ向かう。
スイム(57:43)
この大会ではバトルが続く。おそらく、岸に戻ってくるまでずっと。国内ロングや他のアイアンマンだと、一斉スタートでも、500mくらい泳ぐと集団が落ち着く。1000mも泳げば見事に一列になって泳いでいることが多い。しかしここでは、自分の泳力はまさにボリュームゾーンあたりだ。気がつけば左右の身動きがとれなくなっている。
予想通り、折り返して岸に戻るまで大なり小なりの集団で泳ぐ。しかしスイムアップすると希望的観測通りの57分台。テンションが上がる。
バイク(5:10:12)
ユニフォームの背面と中殿筋あたりのポケットにパワージェルとトップスピードを詰め込む。入らない分はランポケに入れて、ゼッケンベルトような位置につける。
よーく見ると腰あたりにベルト。パワージェルとトップスピードが入ったランポケ。
5時間前後かと思っていたけど、少し時間がかかってしまった。90km通過が2時間28分、復路では向かい風に吹かれるとわかっていたので、この時点で5時間切りは難しいと察する。
https://connect.garmin.com/modern/activity/2161788964
パワーメーターをレースで使うことができたのは、実質的に今回が初めてだった。宮古島では計器トラブルがあり、皆生ではメカトラブルでペース配分どころではなくなってしまった。
初めて実戦投入した感想としては、レースにおけるパワーメーターは非常に強力だ。使い方はとても簡単で、標準パワーが200wになるように足を回すだけだ。瞬間パワーを表示させてもいいし、数字の変動を抑えるために3秒の平均パワーを選んでもいい。
(ラップ内の標準パワーが200wなら、その間ずっと200wで漕いでいたのと同じ負荷が身体にかかっていると解釈する。平均パワーは単純な算術平均)
何が便利かというと、基本的に出力だけ見ていればいいという点だ。もし出力が見られなかったとすると、心拍数や速度を見て、風の方向を確認して、その他の状況も鑑みて、実際のパフォーマンスと自分の主観にどれだけのズレがあるのか考えなくてはいけない。こういった面倒事を全て解消してくれるのがパワーメーターだ。
レースのパフォーマンス評価もしやすい。後からデータを振り返ってみると、前半をもっと抑えなくてはいけないようだ。相当数の選手に抜かれた気がするけど、もっとタラタラ漕いでいいらしい。後半30~40kmで、心拍は維持されているのに出力が出なくなってしまっている。リザルトとすり合わせると、この区間で前の選手とタイム差が生まれている。もう1ランクレベルを上げるなら、ターゲットはここだと思う。
順番が前後してしまうが、レースペースの出力は「FTP×係数(0.6~0.8)」で算出する。自分の場合なら、FTP:300w-×0.7≒200wという計算式だ。FTPは春先に計測してそれ以降は自動計算任せ、体感としては少し落ちていると感じたので、少し保険をかけた数字にしてある。
プロカテゴリーの「スーパーバイカー」と呼ばれる選手は、係数が0.8前後になるらしい。恐ろしい。
http://www.triathlete.com/2017/11/bike/analysis-lionel-sanders-kona-power-file_308086
総合2位、バイクラップ2位のサンダースのデータ。折り返しに向かうまでの2時間では係数0.81。「バイクラップを取る選手の目安0.8をわずかながらに越える数値」らしい。風向きもあるにしても、バイクレコードが更新されたのも納得。
ラン(3:40:02)
この半年で一番強化してきたつもりのパート。結局ここで4時間もかけるわけにはいかないので、バイクの終盤はランに向けての準備時間とする。ランポケに隠してあったパワージェルとトップスピードを飲み、出力を抑える。
いつもは920XTを付けて走るが、今回はVivoactiveHRでデータを記録した。一つ目の理由は、スイムでの接触がかなり多いと思ったので、大きめのウォッチは控えたほうがいいと思ったこと。無駄なバトルは避けたいので、バトルを誘発する可能性を極力下げたかった。T2に920XTwo置いておいておくことも考えたけど、付け忘れてスタートしてしまったり、着替え中に落としてなくしてしまう可能性もあると思った。二つ目は、光学式センサーでも満足なデータが取れると思ったこと。インターバル練習のように、心拍数の変動が大きい場面においては、心拍ベルトを使用したほうがいいと思っている。しかし今回のレースは基本的に一定ペースで展開する(はず)なので、光学式の心拍計でも十分なパフォーマンスが得られると思った。三つ目は自分のパフォーマンスに対する信頼で、大きいウォッチで逐一情報を確認せずとも、ある程度主観と実績値が一致すると感じていた。
T2でリアラインソックスを履き、リアラインインソール入りのCloudflowのヒモを締めて、最後の42kmに挑む。直前でCloudsurferからCloudflowにシューズを替えたのは正解だった。足が残っている。
序盤は思いの外、足が軽い。2年前と同じだ。エイドで止まって身体を冷やしたことを考慮すると、およそ4分30秒ペースで進んでいく。自分レベルのロングのランに関しては、ペース配分というものがあまり意味をなさないと思っている。前半のペースを抑えていても、後半に貯金を吐き出せるとは限らない。だから走れるうちに走っておく。
https://connect.garmin.com/modern/activity/2113251941
16kmを過ぎ、7%程度の激坂を越え、エナジーラボに向かうあたりから、徐々にペースが落ちていくのを感じる。この直後くらいからストライドが短くなっているらしい。
30kmを超えて折り返し、ペースは落ちているし足が前に出なくもなっているのだが、今シーズンで一番まともに走れている。チラッとランウォッチに目を落として計算すると、このまま踏ん張れば10時間をギリギリ切れるらしい。
長かった1日もようやく一段落。最後は9時間57分台の表示を眺めながらゴール。
レース後に食べるピザはこんなにうまい。ピザを発明した人は偉大だ。
今シーズンは苦しいレースが続いた。宮古ではバイク残り30kmくらいからレースが一刻も早く終わることを願い続けたし、皆生ではスタートしてからわずか90分でレースが終わってしまった。
意気消沈してレース報告に行く度「少年よ、大いに悩みたまえ!」くらいの心の広さを持って接してくれる方や、トレーナーとして「次のレースではどうするか」を一緒に考えてくれた谷本先生がいて、慌てふためくことなくハワイに向けての準備を積み重ねることができた。
思い返してみれば、「慌てふためくことなく」というのが大事だった。例えば宮古島で失敗したからといって、週あたりトレーニング時間を2倍にする方針に切り替えていたら、間違いなく身体に不具合が出てしまっていただろう。生活上の効用も落ちてしまっていただろう。
トレーニング時間に関していうなら、自分には週あたり10~13時間が適切な水準だと思ってやってきた。回復のスピードを考えると練習量には適切な水準があるはずと考え、オフシーズンの実験の結果、週あたり13時間が上限と割り出された。
1日あたり平均2時間未満の練習時間(週末と平日で傾斜させて平日は1時間くらい)なら、学生のうちは間違いなく安定して時間を捻出できる。社会人になってからもある程度の水準で競技を続けられる可能性があると思っている。
「少年よ、大いに悩みたまえ!」タイプの方に恵まれているおかげで、こういった基本的な方針にコミットすることができて、その結果としてシーズンの最後にいいレースができた。
自分の中で、このレースの結果は単なる「単なるいいレース」とどまっていない。週10時間程度の短時間高強度のトレーニングでも、ロングのタフなコースである程度のタイムを出せることの証明だと思っている。
23:30
エースやぽんさん、谷本先生と合流した後は、長い一日の後半戦。フィニッシュラインに続くカーペットが始まるあたりで応援する。強面で現れるおじいちゃんが、フィニッシュゲートをその目で確認して、報われたような笑顔を浮かべる地点だ。
アイアンマンのコンセプト”Every finisher is a winner”を実感できる時間である。
25:00
帰宅。アイシングしながらピザとビールでパーティーが始まる。ビールを発明した人も偉大だな。
長い1日が終わりました。長い遠征記も、次回が最終回です。
アイアンマン世界選手権遠征記⑤ーミジンコとの戦い
10/12 7:30
今回の遠征で最大の粗相、それはふんどしとちょんまげを忘れたことである。
レースを前々日に控えた木曜日には、世にも奇妙なイベントが開かれる。その名を「アンダーパンツラン」という。コナの繁華街を1000人以上の男女が下着で走るイベントだ。
(http://www.underpantsrun.org/より)
もともとは海パンでレストランやお店に入っていく選手をどうにかしたい、というところから始まったらしい。そして、日本人はふんどしで参加するのが恒例となっている。
白状すると、10/10到着予定にしてポチったつもりでいたのだが、実際には10/18指定になっていた。佐川急便から送られてきた小包は、机の奥深くで、いまかいまかと出番を待ち続けています。
困ったので、本当に困ったので、飯田橋によくおいでになる例のあの方に代打をお願いしました。
12:00
宿に帰って、谷本先生に直前のメンテナンスをお願いする。
佐相「肩を回すと少しツマりがあって
谷本先生「(動作チェックして)うん、クソだね」
佐相「足首がアレで」
谷本先生「(動作チェックして)うん、クソだね」
佐相「股関節が」
谷本先生「うん、クソだね(即答)」
そうです。レースを明後日に控えた僕の身体はクソです。
しかしこれは海外遠征につきものだと思う。時差調整などで、レースの5日くらい前に現地入りすることが多いと思う。現地に行くと、身体を動かしたくなるし、機材チェックなどの観点からも多少運動したほうがいい。
日本にいれば、金曜日にメンテナンスをしてもらって、次に身体を動かすのはレース当日、ということができる。しかし海外のレースとなるとそうもいかないのだ。たちの悪いことに、海を渡ってまで参加するレースこそ、万全の体調で臨みたいと思っている事が多い。
そんな中、今回のハワイ遠征に帯同してもらったのは、本当にありがたい。
佐相「明日軽く筋トレします。あと当日朝はテープをこことここにおなしゃす」
谷本先生「そうだね。筋トレする時は呼んで。テープは当日朝言ってね」
レースを万全の状態で迎えるための準備は、身体の治療以外にもある。今回やろうと思っているのは、ごく短時間の高い強度の運動を前日に行うことと、テーピングによる筋肉のサポートだ。
18:00
ウェルカムパーティから競技説明会。
谷本先生「おらぁなぁ、ねむんいんだ!」
10/13
14:00
色々な方の助けを借りながら、バイクやらトランジバックやらのを受託準備を進める。
FBを開くと高倉豪さんの引用投稿が目に入る。2014年世界王者セバスチャン・キーンレのコメントの引用だった。彼はこう言ったそうだ。「レースが終わった時にHappyなのは大事だけど、レースが始まる前にHappyなのが、もっと大事なんだ」。
https://www.facebook.com/go.takakura/posts/1341688625942657
ここに来るにあたって、どちらかというと不安な気持ちの方が大きかった。というのも、2016年7月の皆生を最後に、ここ1年以上満足のいくレースができていなかったからだ。トレーニングはうまくいっていた。しかしレースで結果を出せなかった。
2016年10月のアイアンマン台湾、権利獲得はもちろん、9.5時間切りも不可能ではないと思っていた。蓋を開けてみれば熱中症と脱水症状に苦しみ、11時間以上かけて完走した。日頃の行いがもう少し悪ければハワイに来られなかっただろう。
2017年4月の宮古島では、オフシーズンのトレーニングの成果を発揮しようと意気込んでいた。しかしバイク中盤で失速、一刻も早くレースが終わることを願い続けた。
3ヶ月後の皆生では、バイク30km地点でスポークが折れ、1.5時間の足止めを食らった。その時点で、レースは終わってしまった。復帰後はテストを兼ねてオーバーペースで走った。ラン20km地点で脚が動かなくなってしまったのは実力不足だ。皆生から帰ってきてからは、ハワイでもまた走れないんじゃないか、そんな不安を抱えてきた。
しかし、そんな不安は、この舞台の大きさを前にしてはミジンコみたいなものだった。アイアンマン世界選手権、世界最高のボーナスステージだ。トライアスロンの中でも特殊な種目「アイアンマン」。その完走者のうちたった上位3%が、世界中から集まる、世界最大にして最高の大会だ。もう二度と来られないかもしれないその大会を堪能するべきなのに、自分は実に小さいことにとらわれている。
明日は、余計なことを気にせず走ればいい。年代別の順位とか前との差なんて気にしなくていい。なんていいレースなんだ。バイク受託のため車に乗り込んだときには、憑き物が落ちた気がしていた。さらばミジンコよ。
20:00
明日の朝ごはんの支度。自分は米炊き。発芽玄米と白米を研ぐ。谷本先生はもち米をこねて、きなこおはぎを作る。
ぽんさん「玄米って消化悪いからあんまりよくないみたいですぅ。おやすみなさい!」
お嬢様、明日の朝には白米をお召し上がりになれるよう段取りしておきましょう。でもこの4人で一番胃腸強いのはあなたですよ。きっと発芽玄米に含まれる食物繊維なぞ、ものの数分で消化なさるでしょう。
つづく
アイアンマン世界選手権遠征記④ー勘違いおじさんとゲジゲジ、滝汗
突然ですが質問です。滝汗をかいたことはありますか?僕はこの2週間で2度かきました。
10/10 6:07
3人揃って仲良く寝坊。
7:30
昨日の反省を活かし、少し遅めの時間にスイム会場へ。昨日ダメージを食らわせてきたコーヒー船を遂に発見。3人とも意気揚々と船に向かい、コーヒーを受け取る。
ぽん「やった!取れた!やったああああ!」
(日本語による解説:レースのダメージで剥がれかけていた足の爪が遂に取れたらしい)
エース「(コーヒーを受け取るも波に煽られ)あっち!あーっち!!」
おじさん「(ふたりとも持ってるなぁ・・・)」
10:00
朝スイムを終えた我々はコナの繁華街を軽くジョギング。その後は昨日寝ぶっちしたEXPOへ。ここはトライアスロン界の見本市である。各メーカー、主力商品や新製品をここで展示するのだ。
Athlete Xを塗るエースに習って日焼け止めを塗ると二人が笑い出す。おじさんが日焼け止め塗ったらそんなにおかしいか。
・・・白塗りのおばけになってしまっていた。
EXPOで僕はOnのブースを訪れるつもりだった。Onの創業者であるキャスパー氏やオリヴィエ氏に会いたかったからだ。On Japanの駒田さんのブログやブランドに関するストーリーで彼らの活躍を聞いていた僕は、彼らにひと目会いたいと思っていた。そしてなぜかハワイのOnブースに行けば彼らに会えると思っていたのだ。そう、なぜかそう思っていた。
そして遂に佐相おじさん(別名:勘違い野郎)はOnのブースにたどり着き、キャスパー氏と思しきスタッフの方に話しかけ、写真を撮ってもらい、その満足げな様子を意気揚々とFBにアップしたのであった。
12:00
エース「おーい佐相、駒田さんと八田さんからコメント来てるぞ。キャスパーじゃないってよwww」
佐相「え?」
ちょっとまってくれ。俺はいま昼飯の支度で忙しいんだ。ちょっとまってくれ・・・
全てを察した自分。恥ずかしさのあまり滝のような汗が額を走る。ケタケタと笑うエースとぽんさん。伸びていくコメント数。ああ、このまま永遠に昼飯の支度を続けていたい。それが終わったらそのまま夕飯の支度を始めるんだ。
滝汗といえば。
10/23
13:00
飯田橋のLifeblood鍼灸マッサージ院へ。といっても治療ではなく、谷本先生に届け物があったのだ。
佐相「こんちはーっす」
先生「ありがとねー」
???「(カーテンの奥から)佐相さん、サインください!」
え???????
聞くところによると、患者さんは池田さんという方だそうだ。今回の遠征に合わせて作ったサポート選手Tシャツを購入してくださったり、治療中もサポート選手の話題が出るなど、我々の活動を応援してくださる方の一人だ。
池田さん「ちょっと待っててくださいねー」
待ってますとも。先生に渡すものありますもの。
突如滝のような汗。サイン、したことない。やべえ、どうしよう。
急遽ノートに練習するも、サインを求められたTシャツは木綿製。ペンが引っかかる。ゲジゲジになる。
↑第一号サイン!練習しておきますのでまた受け取ってください!
ハワイの話じゃなくなってるって?嬉しかったんですよ。
10/10
14:00
車に乗ってバイクコースの下見へ。ハワイのバイクコースの厳しさは、アップダウンと風にあるという。実際に目で確かめておきたい。
・・・思ってたより激坂。重くなる車内の空気。
路肩に寄せて外に出る。
「グオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーー」
・・・思ってたより爆風。もし毛根に不安を抱えていたら絶対に車内ひきこもり。さらに重くなる車内の空気。
↑この雲がすごい勢いで流れていきます
結論:バイクコース下見にはそれなりの覚悟が必要。
10/11 6:15
3人揃って仲良く寝坊。
10:00
朝スイムを終え、3人別々に行動。自分はバイクで軽い刺激を入れる。内陸に向かって走る道を登る。
https://connect.garmin.com/modern/activity/2161788857
たった5分ほどの坂で140m獲得。酸欠。そしてこの光景
帰ったらエースめっちゃ寝てた。
14:00
遂に谷本先生がハワイに到着、回収して、繁華街に戻る。
谷本先生「昼飯くおうぜー」
エース「ピザあります!」
佐相「こっちにサブウェイありますよ」
結局サブウェイに入ることになった。ところで日本のサブウェイに入ったことありますか?難易度高いんです。サンドイッチの種類を選び、パンの種類を選び、中身の好みを伝え、ドレッシングを選ぶ。
エース「ザ・モスト・ポピュラー・サンドイッチ!」
谷本先生、ぽんさん、佐相、一同爆笑。
店員「YES♡OK♡」
店員、見た目はおっさん、声はりゅうちぇる。
りゅうちぇる「Short?♡」
エース「Yes!」
りゅうちぇる「Bake?♡」
エース「Yes!」
いかん、エースがイエスマンになっている。
りゅうちぇる「Extra meat?♡」
エース「Yes!」
山のように盛られていくハム。目を大きくするエース。腹を抱える3人。
エースのレシートを見るとしっかり0.8ドル加算されていました。
エースの活躍を目の当たりにした3人、りゅうちぇるの「Extra meat?」に対しては「No thanks」を3連発。
次編では木曜とレース前日の様子をお伝えします。
つづく
アイアンマン世界選手権遠征記③ーオタクとおじさんとオタサーの姫、ひとつ屋根の下で
10/8 16:00
アップグレードされたレンタカーに乗る我々、まず目指すはコンドミニアムである。
コンドミニアムの売り文句は「繁華街からたった6マイルなのに田舎の雰囲気!」だ。
とある民泊サイトを通じて予約したのだが、出国前日にふと気になることがあり、オーナーのボブ夫妻に問い合わせた。
佐相「鍵ってどう受け取るの?」
ボブ「ハッハッハ、鍵なんていらないんだよ!もし使いたければ隣のタミーに言ってね」
え、鍵がない・・・
ボブ「明日からアメリカ本土にいくんだ。電波が通じないところで過ごすから、何かあればタミーに言ってね」
ああ、君たちはタミーを置いて遊びに行くのね・・・
アイアンマン直前の1週間は、宿泊施設から生活必需品に至るまで、ハワイ島のあらゆるものが値上げされるという。これを機会に、ハワイ島に住んでいる人は島の外に旅行しにいくという話を聞いたことがある。
グーグルマップに従ってジープを走らせるとどんどん内陸に向かっていく。ハワイは火山島である。噴き出したマグマが海に冷やされて固まり、島となっている。つまり内陸に向かうにつれて標高が上がる。「鍵なぞいらん」「繁華街から10km」「やや内陸」、なるほど、絶妙な組み合わせである。
幹線道路から山道に入って20分、道を一本間違えてエライことにもなった。番犬みたいのに食われそうにもなった。
↑この後犬から逃げることになります。必死で。
最後は15%の激坂を登り、我々はコンドミニアムに到着した。確かに直線距離なら繁華街から6マイルだろうな。ヘリコプターかなんか使えば6マイルで来られますとも。
エース「ちょっと寒いね、ここ」
佐相「寒いっす」
海抜数mの空港と比べると、5度くらい気温が低い。そんくらい山奥。
当初の計画では、セダンタイプの車を借り、運転手以外の二人は自走で宿に到着するはずであったが、ここが宿では誰が運転するかで毎朝揉めることになる。免許未取得のぽんさんは、宿に戻る度に酸欠で倒れることになる。さもなくばハワイまで来て引きこもりに変身することになる。アップグレード万歳。
車の音を聞いて家の中から誰かがこっちによってきた。たぶんボブ夫妻に全てを託されているタミーだ。
タミー「ようこそいらっしゃい。家について説明するわね」
タミー「車はここに停めて。キッチンに置いてある果物は自由に食べていいからね」
タミー「バスルームはここ。そっちの扉はあけないでね」
タミー「ガレージにあるものは自由に使っていいわ。」
タミー「洗濯機はここ。好きに使っていいわ」
タミー「」×10
タミー、ありがとう。でも教えてもらったことの95%は右耳から左耳へ抜けていったよ。
17:00
荷物をおろした我々はスーパーに向かう。ここで我々はアメリカンスタイルにいっぱい喰わされることとなる。
ぽん「わ~スイカ!やっすい!でっかい!買おう!」
巨大なスイカがダンボール箱に無造作に放り込まれている。しかも値札を見ると、79¢の文字。こんなにでかいスイカが100円?
↑写真漁ったらしっかりエースもはしゃいでた
エース「79セント!」
佐相「100円ならいんじゃないすか?」
ぽん「わたし決めました!これがいいですぅ」
中でも特に大きいおばけスイカをチョイスしてご満悦のぽんさん。
色々と買い込んで退店。レシートを見るとそこには
”Watermelon $16”
え、16ドル?
アメリカでは、野菜や果物の類は、量り売りが基本なのだ。つまり”79¢”とは単位あたりの価格であって、決して巨大なスイカ1つあたりの価格ではない。初日から2000円近いおばけスイカを買ってしまったのだ。
初日に仕入れたこのスイカ、帰国の日の昼間まで、我々を見守り続けてくれました。やつは常に我々のデザートであり続けてくれました。ありがとうスイカ。美味しかったぞ。もう二度と買わないけど。
↑スプーンでほじくりながら食す
18:00
帰宅。今晩はチキンのトマトソース煮込みを作ることになった。米炊きは自分の仕事。3人が持ち寄った米を回収し、キッチン下の収納スペースにしまう。
と、不穏な文字が。
「北海道 はくちょう もち」
「もち」??????
誰が持ってきたかはここでは言いません。ヒントは、女子です。
10/9
6:00
♪もう今は彼女はどこにもいない 朝早く目覚ましがなっても~♪
朝からなんかうるさいな。起床して朝スイムへ向かう。
6:30
スイム会場で試泳。まだ月曜だというのに、相当の数の人がいる。
200mほど沖にでると、やや大きめのボートが浮いているはず。そこでは熱いコーヒーが配られていて、朝の一杯にもってこいだ。探しているのだが、見当たらない。
エース「疲れたね」
ぽん「あがりましょっか」
佐相「うぃっす」
それを見計らったように現れるコーヒー船。全員にダメージ30。
↑Athlete Xの使い方を解説するエースを撮影する佐相おじさんをぽんさんが撮りました
9:00
一旦宿に戻って朝食を済ませた後、3人のバイクを積んでQueen Kへ。漆黒の溶岩。青空。海。その中をまっすぐに走る道路。自分の中で、ハワイってこういうところだ。しかし、1つ難敵が。
ぽん「DHバーがもてません!泣泣」
エース「推進力を絶やさない!」
風が強い。コナウィンドというやつだ。
地形柄、恒常的に風が吹いているのだが、年による強弱は存在する。少なくとも2年前よりは強い
30kmだけ試走、車を回収して宿に戻る。昼食を摂って、15時からはエキスポに向かうのだ。
17:00
目が覚めた。今、西川のマットレス「AiRポータブル」の上で寝っ転がっている。東京の自宅に危うく強制送還されそうなところを無理やり連れてきたあいつだ。昼飯を食べ終わり、30分だけ休憩しようとして横になったところまでは記憶があるのだが・・・。恐る恐るリビングの扉を開ける。
佐相「おはようございまーす・・・」
ぽん「zzz」
エース「(ポチポチ)」
ぽんさんは爆睡、エースは何かに取り憑かれたようにSNSへの投稿を執筆。よかった、置いていかれてなかった。
2日目が終了。我々は重要な教訓を得た。「予定を詰め込みすぎないこと」
こうして、毎日の夕食の後には3人でその日を振り返り、教訓を得て、次の日の予定をたてるようになりました。
つづく
アイアンマン世界選手権遠征記②ー持たざる者の試練と持てる者の落とし穴
10/8 12:00過ぎ
現地に到着。入国審査の長い列に並ぶ。どうやら審査機械の調子が悪いらしく、ただでさえ長い列はなかなか進まない。ようやく入国を許可されて荷物を受け取ると、エースとぽんさんもやや疲れた様子で待機していた。この「持てる者たち」に、佐相おじさんはここでも違いを見せつけられることとなる。
エース「おれソフバンだからアメリカ放題だ、よっしゃ!」
ぽんさん「えー、わたしもですぅ」
佐相「あれ、SIMがアクティベートできない・・・」
僕はもともとSIMフリーの端末を使っているので、現地で利用可能なプリペイドSIMを購入していた。Amazonで173円で購入、なんとAmazonポイントが120ポイントもついてくる。なんだこれ。
しかしSIMを挿入して端末を再起動、設定を操作しても通信ができない。これは困った。まああとでやろう。ひとまずエースのiPhoneが電波を捕まえている。
これからレンタカーを借りる予定なのだが、ここで昨晩から気になっていたことを2人に打ち明けることになる。
佐相「これからレンタカー借りに行くんですよ。で、あのへんにいろんな会社のシャトルバスが来てますよね」
エース、ぽん「うん」
コナ空港の周辺には複数のレンタカー会社がある。8月あたりにレンタカー検索サイトを通じて、ある会社と契約し、既にお金を払ってあるのだが、その受付メールを見つけることができなかったのだ。当然、どこの会社と契約しているかが分からず、会社が分からなければレンタカーを借りることはできない。
佐相「受付確認のメールが見つからなくて、どの会社から借りたのか、分からないんです・・・」
エース、ぽん「へぇ」
あれ?反応薄くね?少なくとも自分はこの人たちの10倍くらい焦っている。
佐相「空港にレンタカーの総合受付みたいのないですかね・・・ひとまず向こう行ってみましょう」
巨大な荷物を転がしながら移動する3人。しかし総合受付などあるわけもなく、各社のシャトルバスが通り過ぎて行くのを見ているだけだった。
こうなってしまえば仕方ない、できれば避けたかった作戦を打つことになる。
佐相「じゃあふたりともしばらくここで座っててください。片っ端からシャトルバスの運転手に聞いてきますから」
エース「俺らも行こうか?」
ありがたい提案なのだが、重複チェックしてしまう可能性があるのと、荷物を誰かが見張る必要があるから、これは一人でやったほうが手早い。誰か一人がやるとなったら、メールを受信しているはずの自分がやるのがスジだろう。
佐相「大丈夫っす。荷物お願いします」
なんでシャトルバスの運転手に片っ端から聞くのが嫌だったかというと、英語を喋るのが久しぶりなのにいきなり情報量が多い会話をしなくちゃいけないし、10近くあるレンタカーのシャトルバスの運ちゃんに「おれの名前ない?」って聞くのが億劫だったからだ。しかしこうなってしまえばやるしかない。
佐相「(ノック)。ちょっと困ってるから助けて欲しいんだ。ネットでレンタカー借りる手続きをして、支払も済んでいるんだど、どこから借りたか忘れちゃって。調べてくれない?」
運ちゃん1「Sasoか、ないねえ」
最初で当たるなんて思ってないぜ。ハワイ滞在10日分の運をここで使い果たすわけにはいかないのだ。
佐相「同上」
運ちゃん2「あーちょっとまって聞いてみるから・・・うちじゃないな」
やっぱそうだよね。耳が遠いのにありがとうおじちゃん。
佐相「同上」
運ちゃん3「リストにないな」
まあそうですよね。わかってましたって。
佐相「同上」
運ちゃん4「これか?」
佐相「それ!」
お、やった!dollarレンタカーという会社だった。シャトルバスに乗り込んでる満員のお客さんたちお待たせしてごめんなさい。
佐相「エース!ぽんさん!あった!」
エース、ぽん「おー、やったな!」
エースとぽんさんが3人分の荷物を持ってきてくれる。ぽんさんがカートを返しに行く間に、男2人で荷物を積み込み終えた。するとバスの扉がしまってしまう。
佐相「友達がまだカート返しいってるからちょっと待ってよ」
運ちゃん4「大丈夫、次すぐ来るから」
バス「プシュー」
ということでおいていかれるぽんさん。あ、こっちに気づいたな。明らかに焦ってる。ごめんぽんさん。でも運ちゃん4が待ってくれなかったんだ。扉がしまってしまったバスを追いかけるぽんさんを見てエースと佐相は苦笑い。昨日が初対面じゃなければ爆笑なんだけど。
↑荷物を積むと滝のような汗。 心なしかヒゲも伸び、自分でも年を取ったような感じがします。
このあと無事にレンタカー屋で落ち合い、レンタカーを借りることに成功。アップグレードを勧められ「いくら?」と聞いたら勝手に手続きが進み、日本に帰ってきて請求額に頭を抱えることになりますが、些細なことです。なぜなら世界の鎌田はこういったからです「#金で解決すればいいんですよ」
つづく
2017年アイアンマン世界選手権遠征記①ー「持てる者と持たざる者」
自分にとって海外遠征とは孤独な珍道中だ。2年前にコナに初めて参加した時は、レースをしに行ったはずなのに、世界のおばちゃんたちに救われる旅となった。今回のコナを獲得した時の台湾遠征は、いつのまにやら孤独な(言葉が通じないから・・・)グルメの旅になった。
ところが今回は賑やかな珍道中であった。なんと遂に海外遠征をともにする仲間ができたのである。
エース栗原:Lifeblood鍼灸マッサージ院サポート選手。デュアスロン現日本チャンピオン。トライアスロン・デュアスロンといえばこの人。4月のアイアンマン70.3Linzouで権利獲得。お米は柔らかめが好き。
一本松静:Lifeblood鍼灸マッサージ院サポートサポート選手。本年度宮古島女子3位。同じく4月のアイアンマン70.3Linzouで権利獲得。無限リピート。お米は硬めが好き。
3人とも飯田橋のLifeblood鍼灸マッサージ院のサポート選手ではあるが、日頃の絡みはほぼ皆無。入れ替わりで治療していただく時に「うぃ~っす!」ってなるくらい。初顔合わせは渡航前日の壮行会であった。
10/7 18:00
八丁堀の「一汁三菜イタリア~の」にてエース主催の壮行会。オーナーでシェフの秩父力さんはアスリートフードマイスターの資格をお持ちで、身体にも口にも嬉しい食事をいただいた。ごちそうさまでした。
ひとまずこの時点でお互いに顔と名前と声色と年齢が一致。最年少の僕は、以後「佐相おじさん」と呼ばれ続けることになる。
10/8 20:30
羽田空港にいち早く到着。自転車は特別手荷物として1.5万円で受託。さらに預け荷物2つを預けようとすると・・・
ハワイアンGS「自転車を一つ目の荷物としてカウントしますので、お客様がお預けいただける荷物は1つです。追加の荷物に関しては1.5万円の追加料金が発生します」
・・・え?まじ?
片道1.5万円で往復したら新しいマットレスが買えてしまうじゃないか。宅急便で自宅に送り返すか。ひとまずここは撤収して作戦を考える。
OBの須田さんにお借りしたバイクケースを開いて格闘すること30分、1Lの汗と引き換えにハワイでの睡眠を勝ち取る。西川のマットレスで寝られるのは大きい。
胸を張ってチェックイン、その次はバイクの検査へ。通常のX線検査機を通過することができないサイズなので、乗客立会いのもと、検査員の目視による検査が行われる。検査員によるのだが、大抵は局所的なチェックで検査が終わるものだ。
しかしいざ検査場に行くとやや不穏な空気が。正確には、検査官2人の空気が、どこか重たげである。
検査官1「荷物を開封させていただきますね」
検査官2「」
佐相「はいどうぞ」
次々とバラバラになっていく我がバイクケースの中身。
・・・え?まじ?
検査官1「これはなんですか?」
検査官2「」
佐相「プロテインです」
検査官1「これはなんですか?」
検査官2「」
佐相「洗剤です」
検査官1「(クンクン)確かにいい匂いがしますね」
そりゃあそうだ。末端価格数百円の洗濯洗剤だもの。
ということで前日に芸術的なバランスでパッキングしたバイクケースは、なんと羽田空港で木っ端微塵にされてしまった。何たることや。
しかしこんな目に合うのは自分に限った話ではないだろう。後から来るエースやぽんさん(一本松さん)も、1Lくらいの汗をかきながら30分かけて受託荷物を1つ減らし、検査場で荷物を隅々までバラバラにされるのだ。俺はその目撃者になるのだ。
なんて思いながらタラタラと数時間ぶりの荷造りをしていると、遂に二人が自転車の検査にやってきた。
佐相「荷物って自転車も一個にカウントされるんですね」
エース「え?自転車は別カウントだったよ」
ぽんさん「私荷物少ないから」
・・・でもここで君たちの荷物は粉々に粉砕されるのだ。覚悟したまえ。
検査官1「X線装置に通しますね。CO2ボンベは入っていませんか?」
エース、ぽんさん「はい、大丈夫です」
X線装置を通過していく二人の荷物。
検査官2「異常ありません」
・・・ありがとうございました!!!!
ということで日本を出国、ハワイアン航空852便に足を踏み入れた3人でした。
つづく